大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ

書評
「元苦労人」のブッダが教える、家族の苦悩を抜ける方法

評者:岩間 華奈子あの仏教の開祖「ブッダ」も、実は家族に大いに悩まされていた。これはまだブッダとして悟りを開く前のゴータマ・シッダールタだったときの話である。

幼い時から王になるために育てられ、生みの母親を産後一週間で亡くした。過保護・過干渉で一方的な決めつけを押し付けてくる、迷信好きの父親と家臣による贅を尽くした生活を送る中、ゴータマはそんな自分の人生にかなりの失望感を抱くようになる。

「人はどうせ老いて、病にかかって、最後は死ぬ。にも拘わらず、その現実を嫌がって、目を背けて生きている。この私もまた、彼らと同じではないか――そう考えたときに、私は生きる情熱を失くしてしまった。」
(本文より、ブッダ晩年の回想 アングッタラ・ニカーヤ)
 
 
 
漂う虚無感、漂う絶望感。あのブッダがである。

つまりゴータマ(ブッダ)は、最初からすべてを与えられたがゆえに、逆に八方ふさがりで、どうにも生きている実感を見出せなかったらしい。

その後、そんな自己中心的な父の思うままに見合い結婚。憂鬱を募らせたゴータマは悩みに悩んだ末、子供が生まれたと同時に家族を捨て、今日の仏教に続く修行の道に進むことを決意するのである。
 
 
 
正直言って、このブッダ自身は家族のモデルとして参考にはなりにくい。「みんな捨てちゃえ!」という、なんとも現実的ではない話になってしまうからである。
 
ここから私たちへの救いとなるのは、彼がその後の修行の中で見出した「苦しみを抜ける方法」である。
 
 
 
「生きることは、苦しみを伴う。苦しみには、原因がある。苦しみの原因は、越えることができる。その道(方法)がある――これらの心理を知り尽くしたとき、苦しみの輪廻(繰り返し)は止まる。その心は、二度とかつての苦しみに戻ることはない。」
(本文より、ブッダ最後の旅 マハーパリニッバーナ・スッタ)
 
 
 
本書では主に“ブッダの方法”――2500年にわたる仏教思想の中から「合理的な方法」のみを抽出した部分――を、さまざまな家族の悩みに照らし合わせながら紹介していく。

このブッダの合理的な思考法と教えを参考に、家族の悩みの「理由」を突きつめ、「解決の方法」を実践することで、読み手がひとつの明瞭な答えを出してほしいと著者はいう。
 
 
 
また、私たちがたどり着くべき「最終ゴール」として、著者は以下を挙げている。

・家族をめぐる、長年の重荷や苦しみから解放されること
・家族とのこれからの関わり方がはっきりと見えること
・家族のことで心を悩ませることなく、平穏で平和な毎日を過ごせるようになること
 
 
 
これらをクリアすることは、決して非現実的ではない。苦しみを抜け出す方法は、必ず存在するからだ。
 
 
 
もし今あなたが、

・家族との関係が苦しみになっている
・家族と離れようにも離れられないでいる
・わかり合いたいのにわかり合えないと感じる
・関係の修復に出口が見えない

このような家族の関係での悩みを抱いているのなら、今ある家族との関係の問題をクリアにし、希望が持てる家族のあり方へと変えていけるよう、ぜひ本書を一度読むことをおすすめしたい。
 

本書の概要

著者は僧侶、興道の里代表の草薙龍瞬(くさなぎ・りゅうしゅん)。

中学中退後、16歳で家出・上京。放浪ののち大検(高認)を経て東大法学部卒業。政策シンクタンクなどで働きながら「生き方」を探求し続け、インドで都度出家。

ミャンマー国立仏教大学、タイの僧院に留学。日本では宗派に属さず、現在では実質的な仏教の「本質」を仕事や人間関係、生き方全般にわたって伝える活動を続けている。
 
 
 
第一章「“業の”正体を知る」では、「苦しみは“業”(心を駆り立てる力、人生を作り苦しめる原因と、人の心が反応するときに起こる心理作用)に始まる」とし、本書を読み進めて行く上で大きなカギとなる、「業」への理解を深めていく。

また、章中の「業の診断テスト」を用いれば、自分と親の業のタイプを把握することができる。

第二章「業はこうして“遺伝”する」では、親の業が子に遺伝するしくみを解説し、第一章に出てきた「業の診断テスト」における、数種類の業のタイプに共通して使うことのできる「業を抜ける方法」を紹介している。

第三章「家族をいったん“休憩”する」では、そもそもの家族の本質を知り、「家族」の形式にとらわれるのではなく、各々の「心の持ち方」で「ニュートラル」な関係を築くことを勧めている。

第四章「“罪悪感”を捨てる」ではまず罪悪感の正体を掴み、4つのステップを経て罪悪感から解き放たれるプロセスを紹介している。

第五章「互いへの“執着”を手放してみる」では、そもそもの執着のしくみやその種類、親子関係における執着の存在を説明し、仏教視点での理想的な親のあり方を説いている。

第六章「“心の自由”を取り戻す」では、「心は正しい順序を踏まえれば作り直せる」とし、家族関係で深く傷ついた心を蘇らせ、愛の本当の意味を知り改めて育てていく大切さを語っている。

最終章「業の果てに“希望を見る”」では、今後家族とどう関わっていくか、自分が幸せになるための業と家族との向き合い方を説いている。
 
 
 
章末に章のまとめ、巻末に本全体のふり返りが書かれており、読み手の理解をより深められる工夫がなされている。

丁寧にわかりやすく読みやすい言葉で書かれているので、比較的どの年代の人でもするすると読み進められるだろう。

当事者同士の縮こまった視点ではなく、ゼロベース(枠組みにとらわれずにゼロの状態で検討し直すこと)視点で、改めて関係性を分析することができる。
 
 
 
スピリチュアル系統の本にしばしば見られるような、きれいごとや理想論で固められた本ではなく、現実的な実践本として何度も何度も読み込んでいきたいと思える、軽やかでありつつもどっしりと心に沈み込む一冊であった。
 

おわりに

個人的な話だが、「業の診断テスト」で親の業を判別していたとき、なんとなしに涙が出た。「自分の親もやはり、不完全なのだ」という、虚しさと安堵感の入り混じった感覚である。

親も子も、どこかで互いに相手に完璧であってほしいと求めているのかもしれない。どこかに自分の凸凹を埋めてほしいという欠乏からの期待を、私たちは抱いているのではないだろうか。

だがその期待を押し付けることも、押し通すことも本来は間違っている。相手を、そして自分自身を正しく理解し、自然に湧き上がってくる感覚に従って、「じゃあこうしていこう」と自分なりの結論を出していくことが大切なのだ。
 
 
 
文中に著者の印象的な言葉があった。

「たとえ現実は程遠くても、どこかへ進んでいかなくてはいけないとしたら、どこを目指すのか。」

あなたは自分が幸せになるために、今の現状からどこを目指していきたいと思うだろうか。

「あなたはもっともっと幸せになっていい。」
これは遥かな時代を超えて仏教に込められた、「元苦労人」ブッダの想いでもある。

書籍データ

タイトル大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ
著者草薙 龍瞬
出版元海竜社
初版発行2016/03/18
amazon.co.jphttps://www.amazon.co.jp/dp/4759314792