身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価

書評
あなたのからだは、あなたに何を語りかけているだろう。

評者:岩間 華奈子『「いやだ!」「ノー!」と言わなければ、結局身体がわたしたちの代わりに「ノー」と言い始めるだろう。』(本書帯より)

もしあなたが今、身体に何らかの病や不調を抱えているのなら、一度立ち止まって自らに聴いてみてほしい。

「この病は、不調は、私に何を伝えようとしているのか」と。
 
 
 
現代の私たちは、心の奥底に本音を隠すことで物事を解決するという術を、生きていく中で否応なく学んできてしまったのではないかと思う。「そうしないと生き残れないから」という、悲しい生存戦略として。

例えば私たちは、
・本当はこう思いこう感じていることを、見て見ぬふりすることが出来る。
・自分の心が苦しくても、それを隠して笑うことが出来る。
・誰かのためにと、自分を犠牲にすることが出来る。
 
 
 
そう、出来てしまうのだ。だからこそ、心を抑え本音を口にせず内に溜め込むような「感情の抑圧」を、自身の当たり前や無意識下に置いてしまったとき、それを改めて認識し意識することは容易ではない。

もしあなたが「ノーと言えない」「自分の意見を伝えることが怖い」「自分の怒りに気づかず感情に蓋をしがち」「ネガティブな感情を否認してしまう」など、知らず知らずに感情を抑圧し、心をうまく表現できていないのでは、と感じているのなら、ぜひとも本書を一度読んでみてほしい。
 

本書の概要

著者はカナダ・バンクーバーの医学博士、ガボール・マテ。訳者は伊藤はるみ。

マテ博士は、一般開業医および緩和ケア病棟の医師として20年以上の経験から、自己免疫疾患とされる強皮症、慢性関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症をはじめ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、がんなどの重度の疾患を持つ患者に、ある共通点を見出した。

それは「ノー、嫌だと言えない」「怒りをうまく表現する事が出来ない」そして「膨大な感情を溜め込んでいる」であった。

また、深刻な疾患にかかった著名人(天体物理学者スティーブン・ホーキングやロナルド・レーガン元アメリカ大統領、他)の幼少期からの軌跡を辿りながら、彼らの人生と彼らの抱える病とは、けっして無関係ではなかったことを明らかにした。

本書では、この重度の疾患を抱える患者へのインタビューと、大きな疾患を患った著名人の人生を大きな軸に、感情の抑圧・ストレス(特に幼い頃に刻み込まれたストレスや何らかの心的パターン)が健康に及ぼす影響について事細かに紐解いていく。

また本の終盤には「治療のための七つのA」と題して、感情コンピテンス(周囲の人間と付き合う上で自分のことは自分で責任を取り、無闇に自分を犠牲にしたり自分を傷つけないための能力)を高めることを目的とした、自身が身につけ追求するべき7つの能力を紹介している。
 
 
 
全体の文字数・ページ数は比較的多く、専門用語も多く並び、人によっては内容に難しさを覚えるかもしれない。だが、翻訳本ゆえの文脈の抑揚や言葉の表現の面白さも感じられ、テンポよく読み進めることができた。

患者へのインタビューをベースに展開されており、語られる一人一人の人生は生々しく、リアルそのものであった。だからこそ、そこに感情移入してしまうのではなく、教訓や自分を顧みるきっかけとして、時間をかけてゆっくりと読むことをおすすめしたい。
 

おわりに

心も気づいていないストレスを、からだが気づいて私たちの代わりに「ノー」と言ってくれている、と著者は言う。

「からだはストレス反応を展開しているのに、心は脅威に気づいていないのだ。生理学的に見れば自分のからだをストレス下に置いているのに、ほとんどあるいはまったく苦痛を意識していないということだ。」(本文より)

「感情の抑圧」「ストレス」は、心や自分自身が意識し認識しなければ、解消されることなくずっとそこに存在し続ける。そしてゆっくりと積み重ねられ圧縮された行き場のない感情は、私たちに病や不調という形で警鐘を鳴らす。

しかし自らに重い病を抱える患者たちは、その病になる前と後で多くの心的変化と気づきを得たという。

「私は病気になって、自分はいったい何者なのかがわかりました。――つまり、自分がどこに核を置くべきなのかがわかりました。―(中略)―自分にとって何が本当に大切なのか、何を大切にすべきなのか。」

「ノーと言うことを覚えました――しょっちゅう言ってますよ。生きていたいから。」(本文より患者へのインタビュー抜粋)
 
 
 
『身体が「ノー」と言うとき』。この題名のとおり、私たちの身体は私たち自身が「ノー」と言えないからこそ、それこそ命を懸けて私たちに語りかけるのではないだろうか。

その語りは、「自分をもっと大切にしてほしい」「もっと自分に目を向けてあげて欲しい」「本当の痛みや苦しみに気付いて欲しい」という、他ならぬ自分自身の声なき声なのではないかと思えてならない。 

書籍データ

タイトル身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価
著者Gabor Mat´e
出版元日本教文社
初版発行2005/09/01
amazon.co.jphttps://www.amazon.co.jp/dp/4531081471